ハリーポッターの作者J.K.ローリングは生活保護受給者だった!?

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   写真:https://twitter.com/jk_rowling/media

世界的大ヒットを記録したハリー・ポッターの作者は、ご存知の方も多いとは思いますが、イギリス人女性のJ.K.ローリングです。

ハリーポッターは歴史上最も人気を博した7冊の本シリーズです。

この本は J.K. ローリングの名(彼女の本名はジョアン・ローリング)で 1997 年 6 月に Bloomsbury Children’s Books から初めて出版されました。シリーズの二作目、『ハリー・ポッターと秘密の部屋』は 1998 年 7 月に出版され、1 カ月間大人向けハードカバーのベストセラーチャートで 1 位となりました。2000 年 7 月 8 日に出版されたシリーズの四作目、『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』は初版の発行部数が当時の英国で驚異的な 100 万部でした。

『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』は 2003 年 6 月 21 日に英国、米国、カナダ、オーストラリアで出版され、『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』が打ち立てた本の最速販売記録を破りました。『ハリー・ポッターと謎のプリンス』は 2005 年 7 月 16 日に英国、米国およびその他の英語圏の国で出版され、またも販売記録を打ち立てました。

そんな輝かしい記録を残したハリーポッターの作者、J.K.ローリング。

しかし、ハリーポッターが完成する前の彼女がホームレスになる寸前の極貧シングルマザーだったこともご存知だったでしょうか。

今や、大富豪となった彼女がここまでたどってきた道のりを見て行きましょう。

コーヒー一杯で粘り続けた極貧時代

ジョアン・ローリングは 1965 年 7 月に英国の Yate 総合病院で生まれ、グウェント州の Chepstow で育ち、地元の Wyedean Comprehensive (comprehensive = 総合制中等学校) に通学しました。

ジョー (ジョアンの愛称) は Chepstow を離れて エクセター大学に進学し、フランス語と古典の学位を取得し、在学中、1 年間のパリ留学を経験しました。大学院生としてロンドンに移り、アムネスティ・インターナショナルで研究者として働いたほか、さまざまな仕事を経験しました。

彼女がアイディアの着想を得たのは、4時間遅れのマンチェスター発ロンドン往きの電車を待っているときでした。突然、魔法学校に通う男の子についてのアイデアで頭の中が一杯に。ペンを持っていなかったので、そのアイディアを考え続け、家へ着くやいなや、書き始めたのでした。5 年間で各巻の構想ができあがり、第一冊目の執筆を開始しました。

その後、1990年に北ポルトガルに渡り、そこで英語を教えました。1992 年 10 月にポルトガル人ジャーナリストと結婚し、1993 年に娘ジェシカが生まれました。しかし、その後離婚。ジョーは、娘のジェシカを連れて英国に戻り、エジンバラで暮らし始めました。シングルマザーとして、かなりの貧困の中、生活保護をうけながら、小さなコーヒーショップの片隅で毎日、たった一杯のコーヒーをのみながら本を書き続けたのです。そして、ついに『ハリー・ポッターと賢者の石』が完成しました。

驚異的な大ヒットを記録

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写真:http://www.jkrowling.com/ja_JP/#/

完成しても、出版を断られ続けた彼女ですが、あきらめず、ようやく4000ドルでこの話を売る事が出来ました。2000年の夏までに、最初の三つのシリーズが出され、35カ国語に訳され、3500万部、おおよそ4億800万ドルを稼ぎだしました。そこから、出すシリーズすべて大ヒットを記録。2007年7月に出された最終シリーズ『ハリー・ポッターと死の秘宝』は、アマゾン前予約NO1をたたき出したほどです。

いまでは、J.K ローリングは、イギリスで13番目にお金持ちの女性といわれています。

ハリーポッターシリーズの後も、2012年に「The Causual Vacancy」、2013年には Robert Galbraith という名前で「Cuckoo calling」を出版したりと、精力的に作家として活動し続けています。

J.K.ローリングの名言・格言

I came from a place where I was a single mother and it really was hand to mouth at one point. It was literally as poor as you can get in Britain without being homeless at one point. If you’ve ever been there you will never, ever take for granted that you don’t need to worry. Never.

「私は、シングルマザーでその日暮らしの生活をしていたの。イギリスにおいてホームレスになる一歩手前というぐらいに極貧だった。あなたがそんな状況に一度でも陥った事があれば、心配をしなくていいっていうこと自体が当たり前だなんて絶対に思わないの。絶対にね。」

極貧時代を経験した彼女だからこそいえる言葉ですね。

Some failure in life is inevitable. It is impossible to live without failing at something, unless you live so cautiously that you might as well not have lived at all—in which case, you fail by default.

「人生においてのいくつかの失敗は、避けられないものです。生きていないというのと同じぐらいに慎重深く生きないかぎり、何かに失敗せずに生きるなんて不可能です。ということは、人間はデフォルトで失敗するものなんですよ。」

We can choose. The things go largely like you want them to go. You control your own life. Your own will is extremely powerful.

「私達は選ぶ事が出来るでしょ。あなたがしたいように、物事は大きくなっていくのよ。あなたはあなた自身の人生をコントロールしている。あなた自身の意思にはとっても大きな力があるの。」

まさに自分の意志で、苦境に立たされながらも、超大作をかきあげ、巨万の富と名声を得た彼女。力強い言葉ですね。

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